2009年9月24日 (木)

磐田対策ミーティング

東京DF今野泰幸が26日の磐田戦で激突する日韓代表2トップの完封に強い意欲をみせた。24日、東京・小平グラウンドで紅白戦に臨み、主力組のセ ンターバックに入ってプレー。練習前の磐田対策ミーティングでは直接対決する日本代表FW前田遼一&韓国代表FWイ・グノの連係や動きを確認した。今野は 「ゼロに抑えたい。現在の守備は完全ではなく、不安定な面もあるし、一瞬でも気を抜けば負ける。タイトにマークしたい」と日本代表DFの意地をみせる覚悟 をのぞかせた。

 [2009年9月24日 日刊スポーツ]

いろんなミーティングが行われるんですね

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2009年4月15日 (水)

女子バレー日本代表

 日本バレーボール協会は14日、09年度の女子日本代表登録メンバー29人を発表した。国際大会は原則として今回の29人から選ばれる。

 北京五輪代表から木村沙織(東レ)、栗原恵(パイオニア)らがメンバー入り。一方、五輪2大会連続出場の杉山祥子(NEC)は外れた。右肩や腰のけがで北京出場を逃した大山加奈(東レ)が復帰した。

 平均年齢は24.4歳。初選出は高校を今春卒業した峯村沙紀(東レ)、岩坂名奈(久光製薬)ら9人。真鍋政義監督は「これまで国際経験の少ない選手や若い選手を積極的に起用し、どれだけ世界に通用するかを試していきたい」とコメントした。

毎日新聞

バレーの季節ですね

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2009年3月23日 (月)

島倉千代子 55周年

 島倉千代子が、歌手生活55周年を記念する新曲「風になる」(コロムビア)を出した。新たな分野への挑戦を続ける70歳。今回はフォーク調のほのぼのとした作品だ。(桜井学)

 「この世の花」(1955年)や「東京だョおっ母さん」(57年)といった昭和を象徴する数々のヒット曲では、声を巧みに震わせ、感情の揺らぎを表現した。かつてはこうした「泣き節」が中心だったが、軽快なポップス調の「人生いろいろ」(87年)や小田和正が手がけた「あの頃にとどけ」(95年)など、年を追うごとに次々と新たな分野にチャレンジしている。

 「(作詞・作曲の)先生方や関係者が、違うものを歌わせたいと思ってくれて、初めてできることですから。私は勉強させていただいてるんです。ものにしたときの喜びは格別です」

 本作もフォークの雰囲気のある作品で、70年代の懐かしい感じを狙った。「歌うよりも、語る」という意識で取り組んだという。

 「以前に渡哲也さんの歌を聴いて感動でふるえたんです。どうしてこう歌えないんだろうって思った。言葉を大切に、自然体で思いのままに歌っているすばらしさを感じた」

 自分の歌はどうしても力んでしまう。そうすると、音程もおかしくなる。自我を出さずに、歌詞の持つ意味をそのまま伝えたい。そういう思いから、「今回も自然に歌うように心がけた」という。

 「思い出をめくったら いいことだけしか出てこない 笑った顔しか出てこない」という歌詞が印象に残る。「その通りなんです。つらいこと、嫌なこと、悲しいことがたくさんあったけど、泣いた顔は出てこない。だから(私自身も)前へ進んでこられたんだなあと」

 借金や病気など、島倉は様々な苦難に見舞われて来た。しかしどんな時も歌うのをやめなかった。支えてくれるファンのことを第一に考えたためだ。

 「50周年のリサイタルの時も、声が出なくなったんです。でもたくさんのお客さんが来てくれて、その力で、当日になって歌えるようになった。それからは、もう恩返ししかないと思っています。カラオケ持って、村おこしや町おこし、お祭りの会場などにも行ってます。それまで触れあえなかった人たちと、触れあえるのが幸せです」

 はにかんだ表情はまるで少女のよう。「いまだに(ステージで)セーラー服着ているんです。そうすると、お客さんも昔に戻るみたい。歌っている限りは、着たいですね。気持ちは10代のままですから」

2009年3月21日  読売新聞)
 
よく声出ますよねぇ・・・

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2009年3月12日 (木)

ソアレス、家族と再会

J2ベガルタ仙台は11日、仙台市泉区の泉サッカー場で全体練習を行った。10時開始の午前練習が途中からの猛吹雪により、予定を変更して11時過ぎに終了した。新加入のFWソアレスは「寒い。手がかじかんでしまったよ」と苦笑いだ。だが、ソアレスとエリゼウの家族が、この日夜仙台空港着の航空機でブラジルから来日。両助っ人は約2カ月ぶりとなる家族との再会で、温かい一時を過ごした。

サンスポ

結構お金かかるでしょうねぇ

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2009年2月12日 (木)

女性医師の復職

出産や育児などで離職した女性医師の職場復帰を後押ししようと、福岡県は、県内の大学病院で無料の研修を実施する方針を決めた。09年度予算案に約1千万円を盛り込む。地域の医師不足を緩和するとともに、女性の働く機会を確保するのが狙い。

 県によると、医療現場は、休日や夜間の緊急の呼び出しが日常的に発生するなど不規則なため、結婚や出産を機会に離職する女性医師が少なくない。一方、新薬や機器の開発など医療技術の進歩は速く、いったん長期間現場を離れると復帰しづらくなる。

 厚生労働省によると、医師国家試験の合格者数に占める女性の割合は、08年に過去最高の34.5%を記録した。女性が年々進出しているのだが、大学医学部の卒業後10年程度の35歳時点での就業率は男性90%に対し、女性は76%にとどまっている。

 県の新事業では、委託先の大学病院にコーディネーター(指導医師)を1人置き、復職を希望する女性医師と面談。診療科ごとの責任者が、その女性医師に適した個別の研修プログラムを考える。患者を診察したり、新しい医療機器の使い方を習ったり、現場感覚を取り戻してもらい、職場復帰を促す。

 研修期間は最長で半年で、年間20人程度をめざす。委託先は福岡大学病院と久留米大学病院を検討している。

 女性医師の復職を支援する事業としては、医師会が女性医師に医療機関の求人情報を紹介する「女性医師バンク」などがある。県独自の取り組みを始めることについて、県の担当者は「同バンクとうまく連携し、1人でも多くの職場復帰を促したい」と話している。(明楽麻子)

asahi.com

一家の主は1人で良いって時代ぢゃなさそうですしね。

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2009年1月28日 (水)

海自ソマリア派遣

政府は28日午前、首相官邸で麻生太郎首相と関係閣僚らによる安全保障会議を開き、アフリカ・ソマリア沖の海賊対策として、自衛隊法の海上警備行動で海上自衛隊艦艇を派遣することを決めた。これを受けて、浜田靖一防衛相は海自に準備指示を出した。

 首相は安保会議終了後、防衛相に対し「与党からも海警行動でしっかりとやれという話が来ている。そこのところをしっかり考えてやってもらいたい」と要請した。

 これを受け、防衛相は同日午前、防衛省に赤星慶治海上幕僚長らを招集。「ソマリア沖の海賊は日本を含む国際社会への脅威であり、早急に対応すべき課題だ。海上警備行動が発令されたときに遺漏がないようしっかりと対応してもらいたい」と述べ、派遣準備を指示した。

 海自は防衛相の指示を踏まえ、ソマリア沖に派遣する護衛艦を選定し、日本と現場海域で必要な連絡を行うための通信設備の設営など必要な改修に着手する。海賊対策でノウハウを有する海上保安庁との合同訓練などを経て3月に防衛相が海警行動を発令。現場海域到着は3月末となる見通しで、4月の任務開始を目指して調整を進める。

 現行法に基づく自衛隊派遣は、首相が昨年12月、防衛相に検討を急ぐよう指示していた。政府・与党は、海警行動による海自派遣を当面の応急措置と位置づけており、海賊行為全般を取り締まることができる「海賊行為対処法案」(海賊新法)の策定を急いでいる。

産経ニュース

手当て、超付くんだろうなぁ。

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2009年1月15日 (木)

実は前立腺がんなんだ

1月9日の夕暮れ時、久しぶりに将棋界の重鎮・米長邦雄永世棋聖にお会いした。

 その夜、東京・目白の椿山荘で「週刊現代」の恒例の新年会があり、特別ゲストとして米長氏は会に先立ち、百余名の参加者の前でアイサツをされ、「実は前立腺がんなんだ…」と衝撃告白をした。

 淡々と“がん”について語り、いつものように軽妙な口調で「今夜は高須も来ている…」と数年前の将棋名人戦開催を巡る毎日新聞と朝日新聞の間の大騒動の中、“宿敵”であったはずの毎日新聞単独開催派の私を、皮肉たっぷりに紹介した。

 180センチを超す“偉丈夫”な米長氏のがん告白に思わず、大ゲサにも「国家の急を先にして、私讐を後にす…」と独り言がもれた。

 常々、私は“天才”と“年長者”と“同じ大学の先輩”に対しては無条件に敬愛することを心掛けてきた。

 たとえ、名人戦を巡る争いと、加勢をした武者野七段と将棋ソフト著作権裁判で、敵、味方になったとしても、米長氏の巷間よく言われる“さわやか流”のツメ将棋的生き様は認めていた。

 週刊現代のI編集長に、私は思い切って、「対談(米長氏との)を、企画してくれませんか?」とリクエストをした。

 というのも、天皇陛下の園遊会での「君が代」強要の発言についての真意を含め、森羅万象について“対論”を是非やってみたい…と考えていたからだ。

 実は2年程前、別の新聞系週刊誌で、米長氏とは長時間に渡る対談を済ませていた。しかし、名人戦開催を巡る新聞社同士のつばぜり合いの中、この対談が掲載されることはなかった。

 私の実質的な第2回対談要請に対し、米長氏は「かつて話し合ったことが表面化されていないので再度やろうよ」と賛同してくれた。

 前立腺がんの米長氏。胃がんの私。互いに満身創痍の2人…。

 がん告知を自らすれども、広告はしない。一病息災とはよく言ったもので、互いに“必死”、“決死”は世の常だ。

 私は米長氏の真っ白になった髪を見ながら、同じように半分白髪の自らの頭髪を思い、「“華は半開を看、酒は微醺に飲む”が、人生の味わいなのか?」と再び独り言がもれた。

 私は、“半開”どころか“満開”を求め、そして“微醺”を拒み、“泥酔”を求める無頼人生を選んできた。

 飄々とした偉丈夫な天才を目の前にして、今後は花は半分開いた時に見るがよく、酒はほろ酔い加減に飲むのが楽しいのか、としみじみとその夜集まった百余名の酔客を見渡しながら思った。

 乱風生活に淫風日常が重なると、手元不如意は日常化し、足元すら不如意となり、今や私は痛風人生の真只中にいる。

 「今もまた胸に痛みあり。死ぬならば、ふるさとに行きて死なむと思う」(「悲しき玩具」)と書いた石川琢木の葬儀が営まれた等光寺は、私の経営する小さな出版社がある浅草田原町から歩いてたった5分の所だ。

 私は辛苦を刻んだまま死んだ琢木のように死にたくない。

 今年に入り、3人の親しい知人ががん死した。(出版プロデューサー)

 ■高須基仁の“百花繚乱”独り言=http://plaza.rakuten.co.jp/takasumotoji

ZAKZAK 2009/01/15

ガンは多いですよねぇ・・・・・

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2008年12月27日 (土)

激しい打ち合い

WBA世界ライト級王者小堀佑介(27=角海老宝石)に挑戦するパウルス・モーゼス(30=ナミビア)が25日、都内のジムでスパーリングを公開した。新春3日の世界初挑戦へ、同伴してきた同国王者をパートナーに激しい打ち合いを3回。その後も質、量とも中身の濃い練習をこなした。「猛練習を積んできた。家族をリッチにしたいので、タイトルは必ず持って帰る」と話した。愛称はヒットマン。アマ時代から68連勝中で53KOを誇るが、小堀陣営の田中トレーナーは「打ち合いが好きそう。80%勝てる」と自信を口にした。

 [2008年12月26日6時48分 日刊スポーツから]

やっぱ激しくないとね!

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2008年12月14日 (日)

1日の勉強時間

東大生の1日の勉強時間は授業も含め545分で、10年前より89分も増えていることが、07年の東京大の学生生活実態調査でわかった。「最近の学生はまじめ」「意欲が高い」と大学側は胸を張る。

 自由記述にも勤勉ぶりが垣間見える。「図書館を24時間開けてほしい」「試験後のフォローを充実させて。もっと講評を」など注文がつづられる。

 一方、大学への要望で「単位認定や学年試験を厳しく」との選択肢を選んだ学生は4.2%にとどまったが「認定や試験を緩やかに」は21.7%にも上った。楽に進級したい--は、東大生にも共通の願いのようで……。【山本紀子】

毎日新聞

時間で表示してほしい

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2008年11月30日 (日)

和毅 日本デビュー

ボクシングの亀田ジムは28日、3兄弟の末弟、亀田和毅(17)が12月8日、栃木県立県南体育館で日本デビューすると発表した。
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 相手はアドリアン・ラミレス(メキシコ)で、当日は二男、大毅の復帰第2戦も予定されている。

 和毅は21日に、メキシコでプロデビューし、2回KO勝ちした。

2008年11月28日20時29分  読売新聞)
 
まだ賑わせますか

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