1月9日の夕暮れ時、久しぶりに将棋界の重鎮・米長邦雄永世棋聖にお会いした。
その夜、東京・目白の椿山荘で「週刊現代」の恒例の新年会があり、特別ゲストとして米長氏は会に先立ち、百余名の参加者の前でアイサツをされ、「実は前立腺がんなんだ…」と衝撃告白をした。
淡々と“がん”について語り、いつものように軽妙な口調で「今夜は高須も来ている…」と数年前の将棋名人戦開催を巡る毎日新聞と朝日新聞の間の大騒動の中、“宿敵”であったはずの毎日新聞単独開催派の私を、皮肉たっぷりに紹介した。
180センチを超す“偉丈夫”な米長氏のがん告白に思わず、大ゲサにも「国家の急を先にして、私讐を後にす…」と独り言がもれた。
常々、私は“天才”と“年長者”と“同じ大学の先輩”に対しては無条件に敬愛することを心掛けてきた。
たとえ、名人戦を巡る争いと、加勢をした武者野七段と将棋ソフト著作権裁判で、敵、味方になったとしても、米長氏の巷間よく言われる“さわやか流”のツメ将棋的生き様は認めていた。
週刊現代のI編集長に、私は思い切って、「対談(米長氏との)を、企画してくれませんか?」とリクエストをした。
というのも、天皇陛下の園遊会での「君が代」強要の発言についての真意を含め、森羅万象について“対論”を是非やってみたい…と考えていたからだ。
実は2年程前、別の新聞系週刊誌で、米長氏とは長時間に渡る対談を済ませていた。しかし、名人戦開催を巡る新聞社同士のつばぜり合いの中、この対談が掲載されることはなかった。
私の実質的な第2回対談要請に対し、米長氏は「かつて話し合ったことが表面化されていないので再度やろうよ」と賛同してくれた。
前立腺がんの米長氏。胃がんの私。互いに満身創痍の2人…。
がん告知を自らすれども、広告はしない。一病息災とはよく言ったもので、互いに“必死”、“決死”は世の常だ。
私は米長氏の真っ白になった髪を見ながら、同じように半分白髪の自らの頭髪を思い、「“華は半開を看、酒は微醺に飲む”が、人生の味わいなのか?」と再び独り言がもれた。
私は、“半開”どころか“満開”を求め、そして“微醺”を拒み、“泥酔”を求める無頼人生を選んできた。
飄々とした偉丈夫な天才を目の前にして、今後は花は半分開いた時に見るがよく、酒はほろ酔い加減に飲むのが楽しいのか、としみじみとその夜集まった百余名の酔客を見渡しながら思った。
乱風生活に淫風日常が重なると、手元不如意は日常化し、足元すら不如意となり、今や私は痛風人生の真只中にいる。
「今もまた胸に痛みあり。死ぬならば、ふるさとに行きて死なむと思う」(「悲しき玩具」)と書いた石川琢木の葬儀が営まれた等光寺は、私の経営する小さな出版社がある浅草田原町から歩いてたった5分の所だ。
私は辛苦を刻んだまま死んだ琢木のように死にたくない。
今年に入り、3人の親しい知人ががん死した。(出版プロデューサー)
■高須基仁の“百花繚乱”独り言=http://plaza.rakuten.co.jp/takasumotoji
ZAKZAK 2009/01/15
ガンは多いですよねぇ・・・・・
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